見積書をまるごと任せるのではなく、工程を「AIに任せる作業」と「AIに任せない作業」に分ける
見積の時間は、計算そのものよりも「過去の案件から同一または類似の案件を探す」「材料費を調べる」「転記する」といった作業に溶けています。この部分をAIなどのソフトに任せ、価格や納期の判断は人が持つ——これが失敗の少ない形です。
※ この記事が扱うのは、図面や仕様から金額を積み上げる製造業の見積です。案件情報と資料をひとまとめにして転記ミスを減らしたい、という事務まわりの見積書づくりは目的が別なので、Notionで見積書を自動化|転記ミスを防ぐ手順で扱っています。
見積が長引くのは、計算ではなく「探す時間」
当方が見てきた現場では、原因は計算の速さではありませんでした。似た案件を探し、当時いくらで出したかを確かめ、材料の単価を調べ直す——この往復に時間が消えていきます。もちろん、図面の確認待ちや外注先からの回答待ちが主な原因という会社もあります。まずは自社の時間の内訳を測るところからです。
つまり見積の時間を縮める鍵は、計算を速くすることではなく、過去の実績をすぐ引ける形にすることです。ここが整っていない会社にAIを足しても、AIが参照するものがありません。
当方が請けた鉄骨加工の案件でも、同じことが起きていました。受注から見積、生産計画の作成までを一つの流れとして見直したとき、やったことは作業項目と工数をデータベースに登録することだけです。
それだけで過去のデータから集計できるようになり、見積にかかる工数は体感で半分ほどになりました。この時はAIは使っていませんが、効いたのは道具そのものではなく、実績を集計できる形で残したことでした。
※ 「体感で半分ほど」は当方が現場で受けた感触であり、計測した数値ではありません。
では、実績が集計できる形で残っていない会社は手が出せないのかというと、そうではありません。むしろその「集計できる形に変える」工程こそ、いまのAIが得意なところです。
過去の見積書が紙やPDFのまま眠っているなら、そこから品名・数量・単価を1件ずつ拾い直す作業が待っています。ここは手作業だと膨大です。仕様書や図面のPDFから項目や寸法を抜き出す作業は、Gemini のようなツールが得意とするところで、Googleドライブに置いた資料とまとめて扱えます。
AIは見積書を書く道具であると同時に、過去の実績を集計できる形に変える道具でもあります。データが整っていないことは、AIを見送る理由にはなりません。
AIに任せる工程と、人が決める工程
見積書作成をひとかたまりの仕事として見ると、「AIに任せられるか」という問いには答えが出ません。工程に分けると、任せてよい部分と、任せてはいけない部分がはっきりします。
次の表は、見積の工程を「AIに任せられるか」で分けたものです。当方が現場で見てきた範囲での分け方です。
| 工程 | 任せ方 | 理由 |
|---|---|---|
| 似た過去案件を探す | AIに任せる | 探す条件が決まっていて、判断が入らない |
| 図面・仕様書から項目や寸法を拾う | AIに任せる | 読み取る対象が決まっている |
| 材料の候補を出す・材料費を計算する | AIに任せる | 単価表があれば計算はルールで決まる |
| 見積書の初稿を組み立てる | AIに任せる | たたき台であって、提出物ではない |
| 特殊な加工ができるかの判断 | 人が決める | 設備と職人の腕に依存し、記録に残りにくい |
| 最終的な販売価格・納期 | 人が決める | 客先との関係や工場の込み具合で変わる |
なお、任せる側はAIだけとは限りません。単価表を引いて計算するだけなら、決まった処理をするプログラムで足ります。大事なのは道具の名前ではなく、どの工程を人の手から外すかです。
表を見ると、任せられる側に寄っているのは「探す・拾う・計算する・並べる」で、人に残るのは「決める」だけだと分かります。逆に言えば、決める工程まで任せようとすると失敗します。
AI導入というと「人の仕事をAIに置き換えること」と受け取られがちですが、実際にやっているのはそこではありません。人が判断すべき仕事と、AIなどに任せられる仕事を分けることです。この分け方さえできていれば、使う道具は後から選べます。
AIだけでは見積は作れない
もう一つ、検討の前に知っておきたいことがあります。生成AI(文章や表を作れるAI)単体では、自社の見積は作れません。材料の単価も、過去にいくらで受けたかも、自社の設備で何ができるかも、AIは知らないからです。
見積が成り立つのは、次の3つがそろったときです。
- 生成AI — 図面や仕様から項目を拾い、たたき台を組み立てる役
- 社内のデータ — 過去の見積、材料単価、加工の実績、設備、顧客ごとの価格
- 業務のルール — どこまでを見積に含めるか、支給材か手配材か、利益率の決め方
このうち会社ごとに違うのは2と3で、しかもこの2つが見積の中身を決めています。AIはあくまで、この材料を組み立てる役です。
社内のデータが紙やばらばらのExcelファイルのままだと、見積を組み立てる段階でAIが参照するものがありません。その場合は、見積づくりを任せる前に、資料からの項目の取り出しにAIを使って実績をそろえるところから始めてください。
図:AIを足す前に決めること
この図の読み方はシンプルです。分かれ目は道具ではなく、過去の実績が集計できる形で残っているかの一点にあります。残っていれば道具の選択に進めますし、残っていなければそこから作るほうが結果的に早く進みます。
実際にどこまで短くなったか
工程を分けてAIに渡すと、どのくらい変わるのか。公開されている導入事例の数字を見てみます。
1件目が見積の作成そのもの、2件目は作った見積を確認する工程です。性質は違いますが、どちらもAIに渡しているのは「探す・計算する・並べる」の部分で、前の章の分け方と一致しています。金額を決める工程まで自動化した事例ではありません。
とくに前者は、入力するのが製品仕様と数量だけという点が要点です。単価や加工の実績が、あらかじめ登録されているからこそ成り立つ形で、ここでも材料になっているのは社内のデータです。
※ 「1件80分が25分になった」という数字を見かけることがありますが、これは解説記事が説明のために設定したモデル企業(仮名)の想定値です。実在の会社で計測された数字ではないため、自社の見当をつける材料には上の2件を使ってください。
スプレッドシートで実際に試した手順
いきなりシステムを買わなくても、Googleスプレッドシートだけで試せます。GAS(スプレッドシートに標準で付いている、無料の自動化の仕組み)から Gemini API(GoogleのAIを外部から呼び出すための窓口)を使う形です。当方で実際にやってみたので、その通りに書きます。
用意したシートは1枚だけ、列は5つです。
| A | B | C | D | E |
|---|---|---|---|---|
| 品名 | 材質 | 寸法 | 数量 | 加工の指定 |
| ブラケット | SS400 | 4421.5 | 5 | 溶接、切断 |
最初から全項目を任せると、どこがずれたのか分からなくなり、原因を探すのに時間を取られます。1項目ずつ広げるのは、慎重さのためではなく原因を切り分けられる状態を保つためです。
→ くわしくは「少人数の在庫表はスプレッドシート|利点と限界」で解説しています。
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Gemini APIのキーを取るGoogle公式の管理画面から発行します。キーは、AIを呼び出すときの合言葉にあたるものです。
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スプレッドシートの拡張機能から Apps Script を開くメニューの「拡張機能」から開きます。ここがプログラムの置き場になります。
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コードを貼り付け、メニューからキーを登録するキーはコードにもシートにも書きません。Apps Script の「スクリプトプロパティ」という別の保管場所に入れます。コードに書くと、そのシートを開ける人全員にキーが見えてしまい、他人に使われて課金が発生します。
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シートを読み込み直してメニューを出す読み込み直すと、独自のメニューが増えます。ここで初めてシートからAIを呼べる状態になります。
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1行だけ選んで実行するその行の5つの値をAIへ送り、見積項目の候補と、抜けていそうな工程を出させます。金額・単価・合計は出させません。この記事の分け方どおり、決める工程は人に残すためです。
動かして分かった3つのこと
上のシートの1行を送ったところ、11.6秒で返ってきました。中身は見積項目の候補が8つ、抜けていそうな工程が7つ、そして「入力からは読み取れなかった項目」が5つです。
① 一般的な工程は、ほぼ妥当でした。 切断加工費・溶接加工費に加え、抜けていそうな工程として開先加工・穴あけ・バリ取り・表面処理などが挙がりました。当方が関わった現場の見積にも、切断と溶接の加工費は項目として並んでいました。
② 外していたのは「その会社の見積書の作り方」でした。 AIは段取り費と諸経費を独立した項目として挙げましたが、当方が関わった現場では、これらは独立項目ではなく加工費の中に含める形でした。工程は一般論で当たっても、見積書の様式は会社ごとに違います。ここは指示を出す側が教えるしかない部分です。
③ 分からないことを、推測で埋めませんでした。 これが一番の収穫です。寸法欄の 4421.5 について、AIはこう返しました。
この数値がブラケットのどの寸法(全長、幅、高さ、板厚など)を指すのか、また材料の長さを示すものなのかが不明
でっち上げずに「判別できない」と申告しています。材質の SS400 についても「板材か形鋼か丸棒かが分からない」、加工の指定についても「切断方法や溶接方法が分からない」と返してきました。
「推測で補わないでください。分からないものはそう書いてください」と指示に入れておくと、AIは分からないと言います。この一文の有無が、見積を任せられるかどうかを分けます。
そして5つの指摘のうち1つは「公差・品質基準がない」でした。もっともな指摘ですが、実際の現場では公差は客先から届くCADデータの図面に書かれていました。つまり足りなかったのはAIの能力ではなく、AIに渡した情報の範囲です。
次に試すなら、5列の表ではなく図面そのものを読ませる形になります。ここは前に触れたとおり、仕様書や図面のPDFから項目や寸法を抜き出す作業が得意な領域です。
結論として、この出力は見積初稿のたたき台としては使えます。ただし自社の見積書の様式に合わせる調整は要ります。いきなり完成品が出てくる道具ではなく、抜けを潰すための相手として使うのが実際のところです。
費用は「AIの利用料」ではなく「人の時間」で考える
Gemini API の料金は、送った文字の量で決まります。単位はトークン(AIが文章の量を数えるときの単位)です。2026年8月時点で公開されている料金は次のとおりです。
テキスト入力が100万トークンあたり0.20米ドル、画像入力が100万トークンあたり0.45米ドル(画像1枚あたり0.00012米ドル)。バッチモードではテキスト入力が半額の0.10米ドルとなる。
読み方はこうです。文字だけのやりとりが最も安く、図面などの画像を読ませると倍以上になります。まとめて処理してよければ、文字の分は半額です。
1日10件ほど呼び出す使い方で、月額約21.75米ドルという試算例があります。見積の件数がこれより少なければ、費用はさらに下がります。つまり、判断の分かれ目はAIの利用料ではありません。
比べるべきは、いま人が見積に使っている時間のほうです。1件あたり2〜3時間かかっている会社なら、月に何件出しているかを掛ければ、その時間が見えます。AIの月額が数千円かどうかより、その時間を何に使えるかで考えたほうが、判断を誤りません。
既製のシステムを買う場合は、買い切りで10万円超が相場です。月額のものは1ユーザーあたり1,000〜3,000円、高いものでは月数万円になります。3万円以下の買い切りを目指す新しいサービスも出てきていますが、これはリリース予定として掲げられている価格で、確定した販売価格ではありません。
図面や仕様書をPDFの画像として大量に読ませると、画像の料金が乗ってきます。文字だけで済む項目から始めるほうが、費用を抑えやすくなります。
なお、ローカルLLM(自社のパソコンやサーバーの中だけで動かすAI)を使う方法もあります。ただし最低16GB以上のメモリを積んだパソコンが要り、画像処理用の部品がないとPDFの読み取りに10分以上かかることもあります。まず試す段階では、クラウド側のほうが扱いやすいです。
→ くわしくは「AI導入費用は月1万円から|3タイプ別の内訳」で解説しています。
よくある質問(FAQ)
必須ではありません。当方が試したときも、シート1枚と数十行のコードだけで、1行を送って結果が返るところまで届きました。ただしキーの保管場所のように、説明を読んでも画面のどこを操作するのか分かりにくい箇所はあります。社内に作れる人が一人もいない場合は、既製のシステムを使うほうが早く安定します。
AIが作るのは初稿までで、金額を決めるのは人という前提で組めば、誤った金額がそのまま客先に出るリスクは抑えられます。指示に「金額は出さないでください」と入れておけば、AIは項目名までしか返しません。当方の実験でも、金額は1つも出てきませんでした。AIの出した内容の根拠を担当者が説明できる状態を保つことが、精度を守るうえで大事です。
むしろ逆で、記録に残す機会になります。「この形状ならこのくらいの加工時間」といった見当は、これまで個人の頭の中にしかありませんでした。工程を分けて条件を書き出す作業は、その中身を会社側に残す作業でもあります。
事例では導入から2ヶ月で、見積の作成時間が2〜3時間から20〜30分になっています。最初の2週間は1項目だけで試し、人の計算と突き合わせながら範囲を広げる進め方が現実的です。
- 見積の時間は計算ではなく「同じ案件や似た案件を過去から探す・材料費を調べる・転記する」に消えている
- AIなどに任せてよいのは探す・拾う・計算する・並べる工程で、価格と納期を決める工程は人が持つ
- 生成AIだけでは自社の見積は作れない。過去の実績・材料単価・業務のルールがそろって初めて成り立つ
- AIは一般的な工程なら妥当に挙げるが、見積書の様式は会社ごとに違うので教える必要がある
- 「推測で補わないでください」と指示すれば、AIは分からない項目をそう申告する
直近10件の見積で作業ごとの時間を書き出し、いちばん長い工程を「探す・拾う・計算する・並べる・決める」のどれかに分けて、AIに任せる候補を1つ選ぶ
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